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僕が居ない方が世の中の歯車が上手く噛み合うと云うのなら、
きっとその為に僕は居るのだろうか。

そんな感じに新年早々CrazyやさぐれStyle全開の一号です。
どうもどうも。
正月は比喩的な意味では無く文字通りずっと寝てました。
だって気持ち良いのだもの。
でも仮に睡眠状態が仮死状態と同じだとずると、
世の中の大半の人が死んで居る方が仕合せだと云う事になりますよね。
そこら辺、わっほいわっほいわんぱくなちびっ子ギャングはあまり寝たがらないと云う事象と合わせて考えてみると、
中々赴き深いDeathね。

まぁここらの心底どうでも良い囀りはどうでも良いから涅槃の彼方に置いておいて、
先日僕のさかむけた先輩とお話する機会があったわけでして。
そこで先輩から「何故貴様の書き散らす文章は身の毛のよだつ嫌悪感に塗れた醜悪な気持ち悪さに溢れて居るのだ?病気なの?死ぬの?(意訳)」と云った様な、余計なお世話非常に在り難い御言葉を頂戴したのです。
その場は「嫉妬ですか醜いですね」とCool に反撃する事によって僕の猫の額とか餃子の皮とかそんくらいの薄っぺらな自尊心を必死にSafetyしたのですがウチ帰って自分のブログ見返したら、
うん、気持ち悪い 。

こんな風に結構「自分」を正確に捉えるのはとてもとても難しいよね。というお話。
要するに自分を客観的に見ると云う事なんだけど、どんだけ客観性豊か(なんだこの日本語)でもそれは「自分を客観的に見ると云う主観」であって何だコレは哲学なのか?
他人から自分がどう見られて居るかと云う観点もやっぱり僕の考えた他人の視点で要するに妄想とか想像とかそこら辺のFictionだしそもそも僕の思惑は概して的外れな事が多いし。
そこんトコの認識の甘さが積み重なって僕の僕と誰かの僕がずれてゆくのかなと云う修多羅無い迷妄。
兎にも角にも想像力豊かでも脆く成るだけで碌な事無いよ。
アレ、と云うコトはインマイヘッドが可哀想なくらい貧相この上無い僕には何も関係無い話じゃなくなくない?

まぁ、単純に僕が誰かに対して甘ったれて居るだけなんですけどね。

こんな風に今年も宜しくお願いします。

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したがって、年の瀬ですね。

クリスマスくらいから時間が加速しているような。
なんだかそんなぎこちない感覚。

あ、24日は秘密サークルの面々と鍋ポーリーしました。
出汁の取り方とか野菜の切り方とか具材を放り込む順番とかでRealに殺伐と侃侃諤諤に喧嘩しまくって超→楽しかったです。
取り合えず我々うだつが上がらない朴念仁一同はモテない事を嘆く以前にそもそも愛しいガァル・フレンドを作る為に微塵も行動しなかった事実を猛省するべきだと云うShowdownみたいな。
じゃないとお噺にもなりゃしねぇ。
聞き齧った知識だけで訳知り顔で囀るのは、妄想基盤は三文以下の戯れ芝居だと僕が思った。
そんな感じのセイント聖夜でした。

ああ、もう今年も終わりなのですね。

兎にも角にも自分と自分と他人とやっぱり自分に翻弄され続ける一年だった様に思う。

そんな異常なFright Showを後にして今年ももう終わろうと云うのか後に夥しい量の禍根だけを残して。

来年はDo-Dai?

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バイトで死ぬかと思った……。
でも、私、生きてる……。

まぁそんなこんなで様々な意味でエロスとタナトスが交錯しまくる宗教儀式感皆無の日本のクリスマスですが、
きっと日本人にとってはキリストだろうが釈迦だろうがナイアルラトホテプだろうが皆等しく『神さま』で、
クリスマスだろうが除夜の鐘突きだろうが槻賀多方家婚礼の儀だろうが皆みんな『お祭り』扱いで兎にも角にも楽しくわっほいわっほい出来れば感無量と云うセオリーなのでしょう。

そう云うの、割りと嫌いじゃないぜ。
癒されている場合じゃない、と思うふりだけしてみる。


卒論やら年末進行やら何やらかんやらの殺人的なmomentを切り抜けようと齷齪Everybody Dance!してみるもののクリスマス直前と云う獰猛で暴力的なA rhythmに破壊されてゆく色褪せた今日この頃皆さんどうお過ごしでしょうか?
僕は今日も悋気です。
クリスマスなんて苦しいだけじゃねぇか!
と云うわけでホント最近忙しくてここの更新が滞っていたわけですがここを見ているであろう酔狂な後輩辺りから「更新、しろよ」と言われたので、します。

で、折角だから爪切りとかそこら辺の話。
先日ピッキングするときにたまに引っ掛かってアウチ!って成るので伸びた居た爪を爪切りの野郎でパチリとやろうと思ったのですよこの僕が。
それで爪切りを持ち出したら行き成り支柱が外れてバラバラに成ってやんの。
「すわ、これは一大事」と元に戻そうと思ったんだけど、これが中々どうして爪切りの構造がよく解らない。
ご存知の通り爪切りは梃子の原理で残虐に爪をパチリパチリと切りまくるSadisticな文明の利器であるのだが、問題は梃子の「力点」にあたる「柄」の部分にある。
爪切りを構築しているのは3枚の金属プレートであり、内真ん中と下の2枚は爪切りの「鋏」としての機能を担いその鋭角溢るる猛威を存分に奮い、その際に一番上の金属板が鋏のグリップとして用いられる。
爪切りを使う時はそのグリップをガチャコンガチャコン弄り倒すのが通例だが、爪切りを用いない際は、
柄の部分を『捻る様に回転させ』収納する。
この機構がよくわからない。
何故支柱に対して垂直に取り付けられた金属のプレートがぐるりと廻る事が出来るのだろう。
取れた支柱をまじまじと見てみると表面の片側半分ほどが抉れて空洞に成って居る。
この『遊び』で果たして弾力性の無い金属の板を回転させる事が可能なのだろうか。
解らない、全く持って解らない。
恐らくガチャガチャやって上手く嵌める事が出来ればバラバラに成った金属片を元の文明の利器に戻す事が出来るだろうが、僕のこの恐怖にも似た感情Styleを氷解させる事は無理だろう。
思えば我々の身の回りには不可解なものが多過ぎる。
例えばマイクロウェーブを放出し対象の水分子を振動させることにより物を暖めることの出来る電子レンジとか、
例えばあのわしゃわしゃでどんな角度だろうとお構いなくにくっ付いたり離れたりするマジック・テープとか、
これらの明らかにオーバーテクノロジー気味な不可思議科学の産物を僕たちは一体どれだけ理解してどれだけ駆使して居るつもりなのだろうか。
ひょっとしたこいつらは宇宙から齎されたScience Fictionな代物なのかもしれない。
それでいて実は一つ一つがそら恐ろしい終末兵器然とした脅威を秘めて居るSomething だったりするのだが地球人がそのスペックを十分理解しておらず精々冷めたコーヒーを温め直すことくらいにしか使えていないのかもしれない。
果たして真相は奈辺に在りや。

そんなことをつらつら迷妄しながら、
僕は予備の爪切りを取り出して目を瞑って爪を切った。


※追記
よくよく見てみたら簡単な構造だったよ爪切りは\(^o^)/


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永遠の中学二年生。
記憶と妄想往ったり来たり。
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